第11回高知県能楽鑑賞会能
6月29日（日）12：00〜 於：高知県立美術館能楽堂
■解説 金子敬一郎
■能『経政／烏手』
シテ経政：粟谷能夫 ワキ行慶僧都：森常好
大鼓：亀井広忠 小鼓：曽和正博 笛：中谷明
地謡：粟谷充雄・金子敬一郎・内田成信・佐藤陽・粟谷明生
・友枝昭世・大島政充・長島茂
■仕舞『邯鄲』 大島政充
『野宮』 友枝昭世
地謡：内田成信・粟谷明生・長島茂・粟谷充雄
■狂言『川上』
シテ：野村万作 アド：石田幸雄
■能『船弁慶』
前シテ静御前・後シテ知盛の怨霊：香川靖嗣
子方判官義経：金子龍晟
ワキ弁慶：森常好 ワキツレ判官の従者：森常太郎
アイ船頭：野村萬斎
大鼓：亀井広忠 小鼓：曽和正博 笛：中谷明 太鼓：小寺佐七
地謡：粟谷充雄・金子敬一郎・内田成信・佐藤陽・粟谷明生
・粟谷幸雄・大島政充・金子匡一
前夜は大雨で、高知県東部には浸水被害が！ 中止にならないだろか、高速道路
が通行止めにならないだろか…とドキドキしてましたが、当日は雨もやみ、無事に開
催されました。
高知県立美術館能楽堂というのは、仮設ではなくて屋根も柱もある立派な能舞台
でした。普段は美術館ホールの奥に格納されていて、使う時だけ出現するんだそうで
す。すごいな高知（驚）
↓こんな感じ
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~museum/hall/change.htm
地方公演とは思えない、というか地方ならではなのか、豪華な顔触れと演目の会で
した。お値段も豪華でしたが（泣）。
脇正面でチケット取ったのですが、届いたチケットの席番は「15列-●」。15列ってど
こだ？…と思ってたら、なんと脇正の最前列！ こんな私が前でいいんでしょうか？と
いささか緊張しつつ、しかし広忠さんの大鼓の音が直接ガンガン体に響くし、後述しま
すが『船弁慶』のアイ船頭とはお見合い状態（爆）になるし…良い席でした。
■能『経政／烏手』
シテの経政（史実では「経正」）は平家の公達で、琵琶の名手です。父の平経盛も
琵琶の名手、弟の敦盛は笛の名手と、武士でありながら管弦に長けた家であったよ
うです。
経政は幼い頃から仁和寺に奉公し、門跡の守覚法親王にかわいがられました。そ
して「青山（せいざん）」という琵琶の名器を下賜されたのですが、平家が源氏に追わ
れて都を落ちる時に、琵琶が傷んではいけないというので、法親王の元に残していき
ます。経政は一ノ谷の合戦で討ち死に、それを悼んだ法親王は「青山」を供養する管
弦講を催すよう、僧の行慶に命じます。…と、ここまでがワキ行慶の次第で語られて
曲が始まります。
解説によると、喜多流ではシテは「十六」という面をつけます。その名の通り、二十
歳前の少年を表す面で、史実では経政は30くらいで死んだようですが、この曲では
琵琶を愛し、法親王に愛された（笑）優美な貴公子となっています。
小書の「烏手（からすで）」は、シテの出の時に、笛が短い一管を奏し、シテは橋掛
かりでそれを聞き、「良い琵琶の音だ」と謡い始めます。琵琶の音に惹かれて経政の
霊が出てくるという風情を表したもので、喜多流独自の小書だそうです。
現れた経政の霊は琵琶を懐かしんで弾き、夜遊の舞を舞いますが、やがて修羅道
の苦しみに襲われ、憤怒の思いを語ります。しかし、修羅の浅ましい姿を見せた自分
を恥じ、自ら灯明を吹き消して、闇の中に消えていきます。
シテの粟谷能夫さんは恰幅のよい方で、声も低く落ち着いていて、あまり少年という
感じはしなかったのですが（苦笑）静かに抑えた中にも優雅な雰囲気がありました。
短い佳品という感じの曲でした。一場ものなので寝ずに済んだし（おい）。
■仕舞『邯鄲』『野宮』
友枝昭世さんの能を未だ見る機会がなく、今回初めて仕舞を拝見することができま
した。さすが！出てきた時から「ああっ、この人は違う！」という感覚がありました。
喜多流の仕舞は観世流よりシンプルで端正だと思いますが、友枝さんの舞は特に、
研ぎ澄まされた、というか、静かな水面のような印象がありました。ハデではない分、
愛欲に迷い、悟りを得られない六条御息所の悲哀が、ひたひたと伝わってくるようで
…ああ、やっぱり友枝さんの能が見たい！
■狂言『川上』
いやこれはもう、何も言うことはないでしょう！ 今ベストな配役での『川上』だと思
います。石田さんのこの妻役は大好きです。やっぱりこの妻は、このくらいくたびれて
ないとねぇ（失礼）。
最初は難曲だ難曲だと刷り込まれてましたので（苦笑）緊張して見ていたこともあり
ましたが、こちらも慣れてきた分、リラックスして見られるようになりましたし…。今回
の客席も適度に笑いが起き、皆さん楽しんで観ていたようでした。
■能『船弁慶』
一度ちゃんとナマで観ておきたいと思っていた曲でした。何せ後ジテが知盛だし
（笑）。さらにアイが萬斎師ときたら、期待せずにはおれません。
シテの香川さんはどちらかというと小柄な方で、前シテの静の、はかなげな感じが出
ていました。が、ここで朝からの疲れが出たか、シテのクセ舞あたりで意識が…気が
付けばもう中入り近く、シテと子方が向かい合って別れを告げる場面となっており、狂
言座にはすでにアイ船頭が座ってる。しまった、萬斎師が橋掛かりに出てくるところを
見逃した！←そこかい
さて、ここからは寝るわけにはいきません。アイが「静御前は落涙されながら行かれ
ました」とワキ弁慶に告げ、弁慶は「感傷に浸っている暇はない、すぐに船を出せ」と
命じる。アイは「心得ました！」とダーッと橋掛かりを走って、ものすごい勢いで船を引
きだし、急な囃子が入り…ここで、舞台の空気がガラッと変わったような気がしまし
た。
義経と弁慶主従を船に乗せ、棹を握る船頭。ワキとの会話、棹を操るマイム、「武庫
山から変な雲が出た」と情景を表す語り、さらに「波よ波よ波よ…」と波を鎮める動作。
「えいえーい」という掛け声が高らかに舞台に響き渡ると、客席から「ほおお」というよ
うな感嘆の声が。なんというか…ここは、それまでの能とはまったく違う“芝居”になっ
てたようでした。
大鼓と小鼓が「カッポン、カッポン」という、波がうち寄せる様子を表す手を繰り返す
のですが、これが囃子でなく“効果音”に聞こえました。気心知れた広忠さんの大鼓
のせいもあるのでしょうか。弁慶の森さんもよく通る声と堂々たる佇まいで、存在感バ
ッチリ。能舞台でなくても全くおかしくない、演劇の１シーンを観ているようでした。
やがて海面が荒れ、後シテの知盛の怨霊が現れますが…すみません、はっきり言
ってしまいますが、それまでのワキ・アイ・囃子が作り出した緊迫感に対し、シテがか
なり小さく見えてしまいました。セオリー通りの「能」と「芝居」のスケール感はこれほど
違うものか。
シテが子方の義経と戦いを繰り広げている間、アイ船頭はじっと船の中に座ってい
るわけですが、何せワタクシ、脇正面最前列なものですから、まっすぐ前を見るアイと
お見合い状態（笑）うへへへ。クライマックスのさなか、シテを観もせずニヤつく不審な
客（爆）。
昨年の大槻能楽堂『屋島／奈須余市語』でも思いましたが、やっぱり萬斎師がアイ
やると「別モノ」になってしまうようです。失礼な言い方ですが、おシテさんもそれなり
の覚悟がいるんだろうな、と思えてしまいました。