第十三回
野村万作萬斎狂言会
２００８年６月２６日(木) １９時〜 於：大槻能楽堂
■小舞『通円』 野村 萬斎
地謡：石田 幸雄
野村 万之介
高野 和憲
月崎 晴夫
後見： 岡 聡史
■『簸屑』
太郎冠者：野村 万作
次郎冠者：石田 幸雄
主 ：深田 博治
後見 ：月崎 晴夫
■狂言芸話 野村万作
■『水掛聟』
聟 ：野村 萬斎
舅 ：野村 万之介
女 ：高野 和憲
後見 ：岡 聡史
■小舞『通円』
まず切戸口から登場した萬斎師、爽やかな若草色の茶羽織にベージュの袴という装
束。『通円』本曲では「通円面」をかけ頭巾をかぶりますが、今回は小舞なので直面で。
その颯爽とした佇まいに客席のあちこちから「お〜」という声が沸いてました。
まずは床几がわりの葛桶に座り、茶碗と柄杓を手にしてのカケリの舞。茶羽織に茶碗、
柄杓を持って構えた若旦那のお姿は、まさに若旦那、ていうかどっかのお家元の若宗匠
（笑）。初釜ですか（違）。
舞は茶碗と柄杓をさばきながら、座ったまま左右に体を動かして、茶を点てまくる様子
を表現します。
続いて床几から立ち上がり、羽織を脱いでキリの舞へ。茶碗と柄杓を置き、代わりに手
にしたのは舞扇…かと思いきや、炉の火をおこすための渋うちわ！ キリの舞は修羅道
に堕ちた自らの身を嘆き、成仏を願う謡です。力強い足拍子もあり、きりりと引き締まった
迫力満点の舞は萬斎師ならでは。ですが手にしているのは渋うちわ。最後は飛び返りも
ぴたりと決まり、カッコいい！けど手にしているのは渋うちわ（笑）いや笑う曲じゃないん
ですけども。凛とした表情と渋うちわの対比が何とも…。
よく考えたら、すんごいバカバカしい設定ですよねコレ。私ゃもうすんごくおかしかったん
ですけども、周囲の方々の手前、笑うのはガマンしてました。こういう設定をクソ真面目
に、しかも美しく舞ってしまうのが和泉流ならではだなぁと思いました。
■『簸屑』
宇治橋の供養に参詣する人々に、お茶をふるまおうと思いついた主。しかし良いお茶を
ふるまっていては金がかかるので、簸屑（茶壺の底に溜まった茶葉のクズ）を集めて茶
臼で挽いておけと太郎冠者に命じて出かけていきます。
太郎冠者「まぁウチの主人は何てケチなやっちゃ」とぶつぶつ言いながらも、座って茶
臼を回し始めます。茶臼を挽くのはマイムでの表現。閉じた扇を立てて臼の棒に見立て、
ぐーるぐる回します。細かいことではありますが、このぐるぐる回す大きさと高さが、終始変
わらないのが美しいですねぇ。
さて挽きだした太郎冠者、しばらくするとコックリコックリ舟をこぎ始め…「身共は茶を挽
く時と、馬に乗っている時は、後ろからあぶられているような心地がしてつい眠ってしま
う」と。電車に乗ったらついつい寝てしまうのと同じようなもんでしょうかね。
何度かコックリしてはハッと起きるのを繰り返しつつ、いつしか太郎冠者の頭はがっくり
座ったまま寝入りそうに…。そこへ外から帰ってきた次郎冠者、この様子を見て、眠気ざ
ましに自分が相撲で勝った武勇伝を話してやりますが、やっぱり太郎冠者はこっくりこっく
り…次郎冠者に起こされて目覚め「人の話を聞きながら寝るのは気持ちのいいもんじ
ゃ」。ああ、わかるわぁその気持ち。
話ではダメかと、今度は次郎冠者、舞を舞うので、一緒に地謡を謡ってくれれば眠くな
らんだろうと持ちかけます。次郎冠者が舞うのは「七つ子」。「七つになる子が〜」と舞い
始めますが、太郎冠者はとたんにこっくりこっくり。ついにコロンと横になり、本格的な熟
睡状態に。
次郎冠者は気分よ〜く一人で舞い続け、舞い終えて「どうじゃ、わしの舞は？」と太郎
冠者を振り返ってみると…寝てる！！ 怒った次郎冠者、寝ている太郎冠者にこっそり
鬼（武悪）の面をかけてやります。
そこへ主のお帰りに。起こされた太郎冠者が顔を上げると、主は「鬼じゃ！」とびっくり。
言われた太郎冠者もびっくり。鬼じゃ鬼じゃと言われて何のことかわからず、水鏡で見て
みて、顔が鬼になっているのにショック！ 水鏡（に見立てた扇）をまともに見るのが怖く
て、次郎冠者の背中ごしにのぞき込むビクビクぶりに笑えます。
「鬼を家に置いておくわけにはいかん、出て行け！」と怒り出す主に、あれこれと懇願す
る太郎冠者ですが、主の怒りはとけず。「いつの間にこんな浅ましい身になってしまった
か」と我が身を嘆き、座り込んで泣きだしてしまいます。この時、背中を丸め顔をおおって
えんえん泣く万作太郎冠者が、ちんまり小さくて、なんとも言えずかわいい。
この様子を見ていた次郎冠者、「私がうまく手配しますから」と主を下がらせます。この
時の次郎冠者の心境は何なんでしょうね？ 状況をおもしろがってるんでしょうか。それ
とも自分のイタズラで事態がおおごとになり、ちょっとは後ろめたい気持ちもあるんでしょ
うか。石田次郎冠者の表情だと、どうもおもしろがってるような。というか、その後「お前
からもご主人によく言ってくれ」と太郎冠者に頼まれたのを聞き入れず、出ていけよがし
にするところは、かなり次郎冠者、悪質だと思うのですが（苦笑）。
結局、太郎と次郎が取っ組み合いになり、はずみで面がコロンと落ちた！ さっさと逃
げようとする次郎冠者に「ちょっと待て」と事態を悟った太郎冠者。結局、次郎冠者を追い
込んで幕になります。
とにかく寝まくる万作太郎冠者がかわいくて。なんか、ご飯食べながらでも寝るお年寄
りっていますよねぇ（失礼）。太郎冠者はもちろん、次郎冠者の見せ場も多く、ベテランお
二人の安定した芸を堪能させていただきました。
■狂言芸話
「よこはま」の芸話とネタがかなりかぶってるので、管理人さんレポを参考にしつつ、補足
という形で書いてみます。
まずは簡単に、『通円』と『簸屑』の説明を。「『簸屑』は和泉流だけで、大蔵流にはない
曲なので、なかなか関西では見る機会がないでしょう」とのこと。「宇治橋の供養」という
設定から、追善の会で出すことが多いそうです。
又三郎さんの「おもて裏」ダジャレネタに続いて
「茂山さんや善竹さんの方々は、舞台ではあれだけサービス精神旺盛なのに、楽屋では
意外とダジャレを仰いませんね。東京の方が逆に、私の父や叔父はしょっちゅうダジャレ
言ってましたよ。私も言いますが（笑）。私の兄は全然言わないんですが。カタブツなんで
すねぇ」
今回は「武悪」の面を二つ持ってきていて、今持っているのが先ほど『簸屑』で使ったも
の。これは江戸後期の古いものだそうです。もう一つの方は新しく、数ヶ月前に早稲田大
学演劇資料館の能面展に出ていた、80過ぎの能面師さんが作ったものを購入したそう
です。
面のつけ方、アタリのお話もありました。「簸屑」では曲の途中で面をつけますが、この時
シテの太郎冠者は寝たままで、正面の客から見えないように、自分でアタリのよいように
調整しているそうです。
お父さまの万蔵さんが面打ちを習ったという話で、師匠は下村観せつ（と仰いましたが字
はわからず）さんという面打ちの方。「画家の下村観山のご兄弟です」ここで客席から「お
お〜！」の声。「ちなみに叔父の三宅藤九郎は絵を習わせられまして。鏑木清方に」また
しても客席「おお〜！！」。さすが一流どころは違います。
「けどよく考えたら、能狂言で喰っていけなくなったとしたら、面打ちもダメになると思うん
ですけどね（笑）」そりゃそうだ。
アメリカ人ダンサーに贈った般若が帽子掛けになってた話もありました。
また能狂言が初めてフランスで公演を行った時のこと。万作師もメンバーの一人で、公
演の後に少し居残りして、あちらの演劇を見たりしようかと思ったが資金が足りなかっ
た。すると、あの有名なピエール・カルダンがお金を貸してくれたそうです！ そのお礼に
また万蔵さんが打った面を贈ったそうですが「カルダンの家には行ったことがないので、
帽子がかかってるかどうかは知りません（笑）」
面をつけた時は大変視野が狭くなるので、舞台の柱が目安になる。「だからこの、舞台
の角の柱を目付柱と言うんですね」なるほど。柱と柱の間は何歩、柱が見えなくなって何
歩歩いたら舞台の端などという感じで舞台の大きさを体で覚えるそうです。「柱を間違え
たら舞台から落ちます（笑）。叔父は落ちたことがあります」大爆笑。
面をつけた時の顔との角度を面の「ウケ」と言いますが、特に能では大変微妙で、照る
（顔を上げる）、曇らす（顔を伏せる）で人物の表情が変わります。面それぞれにそのウケ
具合が違うので、裏にアテ（詰め物）をして調整するのだそう。『簸屑』の時は、新しい武
悪面を試してみたけど、あまりウケが良くなく、呼吸がしにくかったので、古い方を使った
と。
といったようなことで、興味深いお話を聞かせていただきました。
■『水掛聟』
これは私、2006年の「宮島狂言」で見てるんですけども。その時の聟は深田さんだった
ですね。舅と女は同じ配役。てことで詳しいストーリーは省きます（手抜き）。日照りの田
んぼの水争いという、香川県民には他人事でない話ですが（笑）。
ねちっこく小ずるそうな舅は、万之介師にはぴったりなんですけども。萬斎師の聟はなん
というか「きれいな百姓」です（笑）。泥臭さがあんまりない。脱サラで都会からヨメの実家
の田舎に来て、有機農法やってるような感じかな。バンダナ巻いてアイガモ農法とかや
ってそうな（笑）。
萬斎師の聟というと、『二人袴』のバカ聟とか、オマヌケまっしぐらの聟はバツグンにお
もしろいんですけどもねぇ。ちょっとこの聟は、百姓ってだけの設定なので色がつきにくい
か。きれいな百姓もいいんですけどね（苦笑）。
ということで関西がらみの「宇治茶」つながりの２曲と、夏にぴったり（？）の渇水の話で
楽しませていただきました。