恒例 野村万作萬斎狂言会 第十四回
平成２１年７月２２日・２３日１９時〜
大阪・大槻能楽堂
☆狂言『合柿(あわせがき)』
柿売り ：野村 万作
所の者：石田 幸雄
立衆 ：深田 博治
立衆 ：竹山 悠樹
立衆 ：高野 和憲
立衆 ：月崎 晴夫
後見 ：岡 聡史
☆小舞『八島』 野村 萬斎
地謡：竹山悠樹・深田博治・高野和憲・月崎晴夫
♪芸話 野村 万作
☆狂言『素袍落』
太郎冠者：野村 萬斎
主 ：高野 和憲
伯父 ：野村万之介
後見 ：深田 博治
今日が皆既日食だったら良く見えたのに〜という位の晴空でした。
暑い中、お疲れ様でした〜。まずは番組。
会場で頂いたプログラムには小舞は入っていませんでした。
万作さんのお話の中でも出ましたが、狂言２番が短いので「オマケ」だそうです。
良く判ってますね！関西のオバチャンがオマケに弱いの！(笑)
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るーなさん、お疲れ様でした、そして番組表アップありがとうございます。ということでぶらさが
り〜。
この会のチケットはいつも抽選なんですが、今回はなんと正面2列めのど真ん中！ 階（きざ
はし）の前あたりです。いや、至近距離でいいもん見せてもらいました（笑）
■『合柿』
宇治の柿売りが、祭礼の日の市に店を開いていると、所の者をはじめ参詣人の一団が柿を
買おうとやってきます。ところが籠の中の柿はどうも渋そう。柿売りはしきりに「甘いよ、甘い
よ」と勧めるのですが、試しに所の者が一個食べてみると、これが渋〜い！ それでも甘いと
言い張る柿売り。ならば自分が食べてみよと言われ、自信満々で食べるのですが、やっぱり
渋い！ 顔をしかめて口をすぼめながらも「いや甘いですやん」と言い張ります。ならば「嘯（う
そ、口笛のこと）を吹いてみよ。口がしびれてないなら吹けるだろ」と言われ、必死で吹きます
が、「ひゅ〜、ひゅ〜」となさけない音しか出ない。参詣人たちが笑って去っていこうとすると、
柿売りは「せめて試食した柿の代を払え！」とくってかかりますが、逆に痛めつけられ、柿の籠
までひっくり返されて、その場に取り残されてしまいます。最後は柿売りの、柿本人麻呂の和
歌や、「嘯」と「嘘」、「柿」と「掻き」をかけたかきづくしの謡と舞で終わります。
柿を甘いと言いくるめようとして失敗し、逆にやりこめられるという非常に単純な曲。時間も
短く、20分なかったような気がします。見どころは、何もない柿をいかにも渋そうに顔をしかめ
て食べてみせるところと、最後の謡と舞でしょうか。顔をくっしゃくしゃにして柿を食べて、その
後は必死に口笛を吹こうとする万作師がかわい〜い。謡はそれほど格調高く謡いあげる感じ
ではなく、わりとさらっとした感じで、それが市井の商人である柿売りにふさわしいようです。謡
い終わると、最後に「柿は…柿は…」と周囲の市の人々（実際には居ませんが）に声をかけ、
何の返答もないままに、そのまま静かに去っていく。そのうら悲しさが、しみじみとした余韻を
残します。
しかし、どこがおもしろいかと言われれば非常に難しい。単純で短いだけに、型どおりにさら
っとやってしまえば、何も印象に残らず終わってしまいそうです。それこそ万作師のお人柄、
そこに居るだけで空気がふわっと軽く柔らかくなるような、そのたたずまいで舞台が保ってい
るような気がしました。会場でお会いしたどじこさんが、以前に同じ曲を萬斎師シテで見て「歯
がたたない感じだった」と思われたそうですが、なるほど。それなりに年を重ねないとできない
曲なんですね。
■小舞『八島』
今回のうれしいサプライズ（笑）My Favoriteなんです『八島』。ご当地曲だし。
「その船戦（ふないくさ）今は早や」から始まり「高松の朝嵐とぞなりにける」で終わる、『八
島』のキリ（終曲部分）の舞です。観世流の仕舞『屋島』は見慣れているのですが、それとは
まったく型が違い、こちらの方が扇の扱いも派手で勇壮です。宝生流の『八島』は確か扇を二
本使うと聞いたので、それとも違うなぁ。和泉流の、というか若旦那にしか舞えないような型な
ので「オレ流」なのかもしれませんが（笑）。
跳び返りあり早い足拍子あり、扇を太刀に見立てて切り結ぶ型もあり。跳び返りから枕扇
（片膝立てで座り扇で顔を隠す型）でぴたりと決める姿の美しいこと！ 最初はきっちり撫でつ
けていたブロッコリー前髪（笑）が、激しい動きでバッサバッサ揺れて額におっかぶさってくる
のですが、それがまた臨場感があって。小舞ですから、むろん面も無く黒紋付なのですが、装
束と囃子がないのが不思議なくらい。いやまぁ黒紋付きの方が、体の線がよくわかっていい
んですけどね（笑）。それはいいとして。ああ、ここに広忠さんの大鼓があればなぁ…。まさに
『八島』のシテ九郎判官…というより、悲劇の若武者・義経そのもののような。単なる小舞で、
何だこのドラマチックさは。
短い小舞の間、客席はしんと静まりかえっており、終わって演者が引っ込んだとたんに、ほ
うっと息をつく音とざわざわざわ…というざわめき。隣席の若いお嬢さん二人連れが「すごかっ
たねぇ」と話し合っておられ、私は…と言えば、なんかもう泣きそうになってました（恥）。若旦
那、シテやってくれ←無理
■芸話
小舞の後の、客席のざわめきが静まった頃に、マイクを手にした万作師登場。いつものよう
に、角柱に向かって座り、芸話が始まりました。
この会も始まって10数年になりますが、関西へ来る機会も年々増え、東と西の観客の違い
もよく感じるとのこと。関西のお客さんは、言葉に対する反応が良い。一つ一つの言葉でよく
笑ってくれる、と。昔、大阪の三越劇場で狂言会をした際、台詞の中で「けなりい」という言葉
に大阪のお客さんが敏感に反応してくれた。これは古語で「羨ましい」の意味らしいですが、
関西では今でもこの言葉が生きているということです。「古い言葉が使われなくなり、狂言の
中の言葉がわからなくなるのが前途多難ですね」と。
続いて、本日の曲目についてのお話。『合柿』について。狂言のお弟子さんで国語研究者で
もある方に「あの柿売りが持っている柿は全部渋いのでしょうか？」と聞かれたことがあり、万
作師は、食べたのはたまたま全部渋かったが、籠の中に残っているのは甘いのもあると思っ
ているそうです。つまり、そこはおのおのの演者の解釈であり、どう考えてもよい、と。全部渋
いのをわかっていて騙して売ろうとしているのか、食べたのがたまたま渋かったのか、その考
え方の違いで演じ方も変わります。現代演劇ならバックグラウンドまできっちり説明しますが、
狂言の台本ではそこまで書かれていません。演者の想像力or創造力次第ということです。
だから台詞は基本的に変えませんが、型は変えることができる。たとえば立衆（参詣人）は
もともと、脇正面に背を向けてずらりと並ぶようになっていたのですが、それだと脇正面のお
客さんからシテが見えない。そこで、本舞台の対角線上に斜めに並ぶように変えたとのこと。
参詣人たちに打ち倒され、柿売りは「南無三宝、しないたり」と嘆きます。「ちくしょう、失敗し
た」というような意味ですが、これが非常にペーソスがある。最後の謡はかきづくしですが、深
い意味はありません。謡い方も「たかが柿売りが謡いあげやがってと思われてはいけないの
で（笑）」わりとあっさり謡う、と。
実は万作師の父上である万蔵さんは、この曲はあまりやらなかったそうです。「父はどちら
かというと粋な、洒脱な芸風だったので、こういうのは好きではなかったんですね」。逆に叔父
様である三宅藤九郎さんは大好きでよくやっていたので、演技のイメージは三宅さんのものを
参考にしているそう。最後の「柿は…柿は…」の言い方が、何ともしょぼくれた味わいがあって
よかったそうです。「ただし叔父さんの通りにやるのはシャクなので（笑）」万作師は2回目の
「柿は…」は弱く言って、メリハリをつけるように工夫しているそうです。
小舞『八島』について。「これはまぁ、オマケということで（笑）他の2曲が短いので、急遽付け
加えました」。狂言に出てくる謡と舞はいくつかのパターンがあって、一つは室町時代の流行
り歌を入れたもの。もう一つは能から直接取り入れたもの。最後は能を参考に、いわばパロデ
ィにしたもので『通圓』などがあります。舞と謡は狂言の基本となるものであって、まずこの２つ
を身につけなくてはならない。これが、能と共にある狂言の意味を表すものであると。舞台の
出入りの仕方から、構え（立ち方）、運び（歩き方）、美しい身のこなしは舞と謡で身につくも
の。「さっきは跳び返りとかやってましたが、あんなのは何でもないんです（場内爆笑）。それ
よりも体が上下せず動けているか、美しく歩けているかが大切なんですね」師匠だから言える
お言葉だろうなぁ、コレ。
演技の基本ということで、まずは幕の上げ方から始まる、と。シテの出で幕が上がるタイミン
グは、シテの「お幕」という言葉ですが、これはシテ自身が指示します。たとえば大名などは「
お幕！」と勇ましく言うと幕がバッと威勢良く上がる。女性や亡霊などは「お幕…」と静かに言
うと、すっと静かに上がります。『釣狐』の時はまた独特で、鋭い声で「お幕！」と言うと一瞬に
して幕が上がり、そこに狐がぱっと現れるようにしているそう。これは流派によっても違うし、
また家によっても違う。「和泉流では…私、和泉という言葉が嫌いなんですけどねぇ」ぼそっと
言ったのに場内大爆笑（おわかりね）。「いや、こういう反応がいいのが関西の人ですねぇ」苦
笑しながらまんざらでもなさそうな万作師。「まぁそういうことで、和泉流の中でもいろいろあ
る。この狐は私どもの家独自のやりかたでしょうね」
続いて、橋がかりの歩き方。この歩き方を見れば、登場人物がどんなキャラクターかわか
る。ということで万作師、橋がかりまで立っていき、「大名だとこういう感じですね」すーっすー
っと流れるような運びに、客席「ほーっ」とため息。「目の見えない人だと、こう杖をついて歩き
ます」。またしても客席「ほーっ」。
そのまま本舞台まで進んで、名乗りの位置へ。「この名乗りの仕方と道行きで、役柄を把握
してもらいます」。名乗りの仕方はいろいろありますが、代表的なのが「このあたりの者でござ
る」というもの。この言い方が、演者の年齢と共に変わってくるそうです。実際に言い比べてく
れましたが、若い頃の方が古典的、様式的。子どもなら「こ・の・あ・た・り・の・も・の・で・ご・ざ
・る」ともうきっちりきっちり言う。年を取るにつれてさらっと、自然体になってくるそうです。
最後の留め方ですが、最も多いパターンは「やるまいぞ、やるまいぞ」で終わる「追い込
み」。あと「くっさめ」で終わる「くさめ留め」などもあります。『合柿』のように台詞で終わるのも
多いですが、実はこれの方が難しい。台詞に味わいが要るからです。その言い方によって曲
の印象が変わるため経験が必要になる。『合柿』は、ある程度の年齢にならないと演じられな
い「年齢習い」とされているそうです。
「留め方の言葉を最後まで聞いてほしいですね」とのことで、たとえば『鍋八撥』では最後に
鍋売りがひっくり返って鍋が割れ、「数が多うなってめでたい」と言う。しかしこれは言葉の表
面の意味だけとってはいけない。お父上の万蔵さんが、この鍋売りをやっている写真が残っ
ているそうですが、最後はいかにも悔しそうな渋い顔をしている。これは「めでたい」と口では
言いながらも、内心では「失敗した〜！」という悔しさを表しているということ。台詞だけでなく、
演者の表情まで見て解釈が広がるのが狂言のおもしろさで「単純さの裏に込められたゴージ
ャスさを楽しんでいただきたいですね」とのことでした。
■『素袍落』
おなじみの曲ですからストーリーは省きますが。大きな杯をぐいぐい、うれしそうに飲み干す
萬斎太郎冠者が何とも愛嬌たっぷり。杯が進むうちに、どんどん顔が崩れて目が垂れてくる
（笑）のがいかにも酔っぱらい風で、ろれつの回らない口調で主人の悪口を言いながら、バン
バン床を叩くところなんかは、まさに居酒屋のサラリーマンです。今にもコケそうな足取りでふ
らふら歩くのを見てると危なっかしくて、ちょっと誰か肩かしてやれ！な感じ。また前髪がバッ
サバッサ揺れるのがかわいくてねぇ。
前に萬斎師のシテでこれを見たのは2003年春の「ござる乃座」でしたが、その時が初シテと
のことで、ご自身も「老練な酔態の芸が必要ですから、若い私が演じてもなかなか妙味が出
にくい」とパンフに書かれていました。確かにその時は、未だ型どおりにやっておられたような
感じでしたが、今回の太郎冠者は何とも言えず柔らかい酔いっぷりというか、ある意味リアル
な演技だったかもしれません。老練ではなくとも年齢相応の可愛さと艶があり、酒を飲むのが
本当にうれしい！と思っているのが、表情からも伝わってきます。単に6年の年月を経ただけ
ではない、さまざまな演技経験が確実に生かされているのだろうなと思います。
『素袍落』が茂山千作翁の得意曲であることから、「ござる乃座」当時、千作翁の芸と比べて
どうの…という批評があったようですが、その比較はあまり意味がないでしょう。流儀も違え
ば経験年数も違うし、キャラクターも違う。あえて比べるならば「40歳当時の千作翁の芸」と比
較すべきだと思いますが、今それをしてもしょうがない。庶民のたくましさはありながら泥臭く
ない、綺麗なおバカ（褒めてます）というこのキャラクターは、今の萬斎師ならではのものだと
思います。
いつもながら長くてすいません（汗）。
ご一緒したるーなさん、どじこさん、お疲れさまでした！
そういえば会場で、来年1月の新春狂言の先行申し込みを受け付けていて（早）曲目は『歌
仙』とのこと。管理人さん大プッシュの色気坊主（爆笑）が観られるのが楽しみです！