万作萬斎新春狂言２００８
１月９日（水）・10日（木）
大阪厚生年金会館芸術ホール
■謡初め「雪山」野村萬斎
地謡：石田幸雄、深田博治、高野和憲、月崎晴夫、竹山悠樹
■レクチャートーク 野村萬斎
■「宝の槌」
太郎冠者：野村万之介 主：石田幸雄 すっぱ：竹山悠樹
■「水汲」
新発意：野村万作 娘：高野和憲
■素囃子「神楽」
大鼓：守屋由訓 小鼓：上田敦史 笛；杉信太朗 太鼓：三島卓
■「松囃子」
万歳太郎：野村萬斎 兄：深田博治 弟：高野和憲
◆瑞穂さんレポ
毎年恒例の新春大阪公演でございます。舞台の柱に当たるところには門松、背景に
は大きな注連縄というのもいつもの通り。私は９日に行ってまいりました。バスで３時
間の旅のお供は、高松駅構内の書店で買った「ステラ」（笑）。ホールのロビーの壁
には「鞍馬天狗」のポスターが貼ってありまして、写メ撮る人垣ができてました。
※レクチャートーク
謡初めが終わっていったん引っ込んだ後、萬斎師再登場。コレも毎年の恒例か、凛
とした青紋付姿です。実はワタクシ、センターブロックの最前列が取れてまして…すぐ
目の前、足元から仰ぎ見るかっこうで若旦那が…「お手を触れないでください」状態
でした（やめなさい）
毎年この公演では、干支にちなんだ小舞や狂言が出るのですが、今年は「探したん
ですが、ネズミが出る曲がなかったんです！」ということで、干支は出てきませんが
おめでたい曲を並べたとのこと。
で、「ネズミの曲じゃないんですが、ネズミという詞がちょっと出てくる小舞がありまし
て。能の『車僧』という曲の中で、アイの烏天狗が舞うものです」。この『車僧』という
のは、法力の強い車僧というお坊さんを、なんとか負かしてやろうと大天狗が奮闘す
る曲で、その天狗の眷属の烏天狗が、車僧を笑わせてやろうと舞うものとのこと。「
そういうのがあるのをさっき思い出したので（爆）ちょっと舞ってみましょうかね」と、急
きょ実演。「あんまりやらない曲なのでうろ覚えですが…（苦笑）」と言いつつ、マイク
を置いて舞い始める若旦那。「車僧よ車僧、お鼻の先をネズミがちょろちょろ〜…」と
いうような詞で、ぴょんぴょん飛び回る舞です。
車僧を演じるのはワキで、いかめしくワキ座に座っているのですが、アイは本気でそ
の車僧を笑わせようと滑稽に舞うのだそう。ワキは笑ってはならんと我慢するわけで
「まぁ一種の、演者同士の対決ですねぇ（笑）」
続いて演目の解説。「宝の槌」は脇狂言に分類されるもので、お正月などおめでたい
時に演じられます。『末広かり』と同じ展開で、騙されて買わされるものが打ち出の小
槌になります。すっぱが田舎者の太郎冠者に声をかけるところは「まぁ誘い方にもい
ろいろありますが。お兄さんお兄さん、どこ行くの？いい娘いるよ、○○円ぽっきり！
…みたいなもんですかねぇ」って、何でそんなにうれしそうなんだ若旦那（爆）。
この曲は、お祖父様の万蔵さんが得意としていた曲だそうです。曲の終盤で、太郎
冠者が打ち出の小槌（といって騙されたモノ）にフーッ、フーッと息を吹きかけるシー
ンがあるのですが、この曲をNHKで中継した時、息を強く吹きかけたはずみで、万蔵
さんの入れ歯が飛び出したという事件が！ 「それ見ながら、子ども心にこんなの放
送していいのかと思いましたねぇ（笑）」
打ち出の小槌で出したいお宝を、あれこれと主と太郎冠者が述べますが、昔の人た
ちが何をお宝と思っていたのか想像すればおもしろい、とも。「全然関係ないんです
が」とここで脱線。「年末に、もう本当に久しぶりに大型の電器量販店というところに
行きまして、びっくりしました。知らない間にいろんなものが出てきてるんですね〜。
それこそ宝の山みたい！と思いましたよ」。何でも地上デジタルが受信できるテレビ
を買いにいったとか。あんまり電器関係にはお詳しくないようです若旦那（苦笑）。
『水汲』は「父と、父の兄が得意としていた曲です」。ほぼすべてが謡という、ミュージ
カルのような曲。「謡というと皆さん、身構えてしまいますが、詞の内容はあまり気に
しないで、メロディーに身をゆだねていただければよいかと思います」。新発意が、前
々から気になっていた近在の娘のいちゃを口説くという話なので、詞もロマンティック
な内容です。メロディーは「小唄節」という“揺り”の多いもので、室町歌謡の面影を
残しているとも。「最後の留め方が、この曲独特のものなのでよく見ていてください」
とのことでした。
『松囃子』は、和泉流では長いこと演じられていなかったもので、萬斎師が最近復曲
したそう。「皆さん万歳ってわかりますか？私の名前の濁ったのじゃないですよ
（笑）」吉本の漫才とくるかと思ったがそう来たか！ 三河万歳とか、いわゆる『門づ
け芸』と言われるもので、お正月に町や村を回っておめでたい芸を見せるもの。角兵
衛獅子などもその一種で、こうした民間芸能の名残を伝える曲です。後半は芸能づく
しになり、鞨鼓舞や三段之舞を舞うのが見せ場です。
ここまで話して懐の時計を確認した若旦那、何か今日はノリが良かったのか、予定
時間をオーバーした模様（笑）。「ちょっと時間も無くなったんですが、最後にこれ言っ
とかないと。来週の17日木曜、８時頃にNHKをつけてもらえば何かやってます（笑）」
何じゃそりゃ。「ええと『鞍馬天狗』という時代劇をやりましたので。３月までやってると
思いますので」思いますか！「よろしかったらDVDでもHDDでもブルーレイでも録画し
て見てください。年末に仕入れた知識でした（笑）」てなことで、『鞍馬天狗』の裏話が
なかったのはちょっと残念でした〜。
※『宝の槌』
お正月に旦那衆が集まってお宝比べをするというので、家の中にお宝がないかと探
す石田主、万之介太郎冠者を呼び出します。「我が家に“現奇特の宝（不思議な力
のある宝）”はあるか？」「いや、長いこと当家にお勤めしておりますが、お台所にそ
のようなものはありませんなぁ」そりゃそうだろうなぁ。都には無いモノはないだろうと
いうので、太郎冠者は都に出かけます。物珍しく都の街並みを見回し「家と家が軒を
ひっしりと立て並べて…」というところ、すっぱが太郎冠者に声をかけるところも『末広
かり』とほぼ同じです。
太郎冠者が“現奇特の宝”を探していると聞いたすっぱ、「それなら打ち出の小槌を
売ってやろう」と取り出しますが、これがどう見てもすりこ木のようなただの棒。しかし
すっぱは「これは鎮西八郎為朝が、鬼の住む蓬莱山へ出かけていき、鬼と勝負して
取り上げてきた珍宝だ」と由来を述べて、太郎冠者を言いくるめてしまいます。打ち出
の小槌を振る時の呪文「蓬莱の島なる鬼の小槌は、隠れ蓑、隠れ笠、打ち出の小
槌。諸行無量如、諸行無量如、かっしこくにカッタリカッタリ…」も教えてもらい、意気
揚々と帰る太郎冠者。竹山くんのすっぱは、いかにも生真面目そうで、あまり「騙して
やろう！」というあくどさは感じられません。なんか、マニュアル通りの演技でお年寄り
を騙す「オレオレ詐欺」の若い衆ってこんな感じなのかなぁ。朴訥さが逆にお年寄り
に信用されそうで（笑）。
さて帰ってきた太郎冠者と主、何を出そうかとあれこれ考えます。長柄の槍がよいか
？鉄砲は？いやいや、馬を出せ！というわけで「蓬莱の島なる鬼の小槌は〜」と謡
いながら打ち出の小槌（というすりこ木）を振り、左右へ回って舞いますが、当然のこ
とながら馬は出ません。「まだか？」「もうちょっとお待ちください」と言いながら、首を
傾げる太郎冠者。時間稼ぎに「ただ馬と言われても出せません、毛色を決めてくださ
い」「では黒毛じゃ」。言われて再び「蓬莱の島なる鬼の小槌は〜」とぐーるぐる。しか
し馬は出ない。またも「ものは相談ですが、馬に８本足をつけたら、もっと早く走れる
んじゃないでしょうか？」「そんな馬が役に立つか！はよう出せ」。「蓬莱の島なる鬼
の小槌は〜」でぐーるぐる。馬出ない。またしても「馬のお尻にも頭をつけたら、狭い
橋の上とかでも方向転換しなくて済みますよね？」「だから、そんな馬は役に立たん
と言うとろうが！はよう出さんか！」キレかけの主（当たり前）。太郎冠者「蓬莱の島
なる鬼の小槌は〜」でぐーるぐる舞いながら、打ち出の小槌を振ったり叩いたり、先っ
ぽに息を吹きかけてみたりといろいろやってみますが、馬が出る気配なし。再び主に
せかされて「あんまりせかすから、出かかっていたのが引っ込みました。あとで厩に
お出ししておきましょう」「いや、今ここで出せ！」。結局、騙されたとわかって怒った
主に追い込まれます。
アイテムが打ち出の小槌ということで、おめでたい曲として扱われるのでしょうが、
『末広かり』のような祝言性はなく、太郎冠者のまぬけっぷりに笑わされる曲です。最
初は得意げに舞う様子から、だんだんと不安げな顔になっていく万之介太郎冠者が
最高！ どう考えても通用するはずのない言い訳もおかしい。こういうお年寄りを見
ていると「オレオレ詐欺」が通用するのも納得だなぁ、と思っちゃいました。
※『水汲』
まず村娘のいちゃが出てきて、清水で洗濯を始めます。そこへ、寺で茶会をするとい
うので水汲みにやってきた新発意。前々から気になっていたいちゃを見つけて、今
日こそは思いを遂げてやろうと言い寄ります。ていうか、万作師のお年で新発意って
団塊の世代がリタイアして、第２の人生で出家した感じですかねぇ。それで若い娘に
言い寄るとは、なかなかお盛んではありますが（笑）。
「水を掬べば月も手に宿る。花を手折れば香、衣にうつる習いの袖を引くに引かぬれ
ば、あら憎やの」と謡いつつ、背後からいちゃに忍びより、「だ〜れだ♪」とばかりに
目隠しをする新発意。かなりアブナイ奴かも（笑）。いちゃもびっくり（そりゃそうだ）。
「何してんのよ！」と怒るいちゃに、言い訳のように「すまんが茶の水を汲みたいので
洗濯のついでにこの桶に汲んでくれんか」と桶を渡します。「汲んであげてもいいけど
アンタ何してんのよ」「その間、ここで待ってる」「そのヒマがあったら自分で汲みなさ
いよ！」当然のツッコミです、いちゃ。新発意「いやいや、心やさしい人が汲んだ方が
水も美味しい」と上手いこと言いますので、いちゃも悪い気はせず「なら汲んであげる
わ」。
ここから、二人の謡い交わしが始まります。いちゃ「身は浜松、根ほれてほれて現れ
そうする、待つ夜は来もせで、待たぬ夜は来て、濡れて露に」新発意「身は在京、月
待ちながらひとりふたり寝ぞうする」いちゃ「地主の桜は散るか散らぬか、見たか水
汲み、散るやの散らぬやの嵐こそ知れ」…といったような詞章かと思いますが。いち
ゃは水を汲む仕草をしながら、新発意は橋掛かりから本舞台へと舞いながら謡いま
す。いちゃの謡は特に、揺り（節の上がり下がりのバイブレーション）が大きく、音も高
いクリの音が多い、かなりハイテクニックの謡いです。高野さん、ちと出しきれていな
い音があったか。
さて謡い舞いながら、新発意、そっといちゃに近づくや、ぱっと腕を組み袖を引きます
が、いちゃに引っぱたかれて突き飛ばされます。しかし懲りない新発意、なおも謡い
かけ、ふたりで向かい合いながら舞います。ここの詞章は聞き取る余裕がなかった
のですが「二人で夕日を眺めよう…」というような内容だったかと。
水を汲み終わったいちゃ、桶を頭上にかかげ「さぁ、お寺まで運んでいってあげるか
ら、アンタ先に帰ってなさいよ！」ととことんつれない。「そんな冷たいこと言わずに、
一緒に帰ろうよ〜」と泣きついた新発意に、いちゃ、持っていた桶をぱかっとぶっかけ
た！ 桶をかぶってぺたんと腰を抜かした新発意に、会場、一瞬度肝を抜かれた後
で大爆笑！ ここまでは謡と舞で静かだったものですから、なおさらおかしい。さっさ
と去っていってしまったいちゃ。新発意「やれやれ、エライめに遭った…くっさめ！」で
引っ込みます。
万作師の色ボケ新発意（笑）、下品に墜ちず、かと言って堅すぎず、かわいいお爺ち
ゃんという感じでした。高野さんは、かなりがんばっていたようなのですが、謡うので
いっぱいいっぱいで、謡を「聞かせる」ところまではいってなかったかも…。もう少しゆ
とりというか、風情が出てくればいいのかな、と思います。万作師と萬師が得意にし
ていた曲というのも納得。おそらく、両者の謡のレベルが同程度でないと、なかなか
趣きを醸し出せないんだと思います。ぜひとも若旦那のいちゃで見たいなぁ。
※『松囃子』
毎年、新年のお祝いに「松囃子」という芸を見せにくる万歳太郎が、今年はやって来
ないと不審に思っている深田兄と高野弟。そこへ万歳太郎が登場します。実は、いつ
も年の内に「年取り物」として兄弟からお米が届くのですが今年はまだ来ていない。
二人に何かあったのか？と思って様子を見に来たのです。万歳太郎の装束は、緑地
に松の柄の掛素袍と括り袴、烏帽子をつけ、腰に鞨鼓を付けています。
太郎を見つけた深田兄、「遅かったな、はよう舞ってくれ」と催促します。さては年取り
物を届けるのを忘れているな！と気付いた太郎、しかめっ面で「新たなる年の初めの
門びらき、めでたやな〜」とテキトーに謡い、帰ろうとします。この謡がものすごい早
口！
「おいおい、いつもと全然違うじゃないか！」と慌てた兄に「それはアナタの物覚えが
悪いから〜」と言い返す太郎。「何かあったか？」「いつものアレが来てませんよ〜、
ほらアレアレ」とほのめかすも、首を傾げる兄。「わかりませんか、それではさようなら
〜」と帰ろうとする太郎に、やっと年取り物を送っていないことに思い当たった兄、「わ
かったわかった、後で必ず届けさせるから、ここはちゃんとやってくれ」と頼みます。
弟の方も、忘れていたことを謝り、やっと機嫌を直した太郎。「松竹飾りに注連縄を張
り、あなたの門も栄えた、こなたの門も栄えた、太郎も栄えた〜」と満面の笑みで謡
い、この後は太郎の舞になります。
まずは鞨鼓の舞。これは『鍋八撥』と囃子も舞も同じです。水車もあり、本舞台で１回
橋掛かりで３回に会場、拍手喝采！すぐ目の前で見られたぞ〜（大感激）！『鍋八
撥』と同じにそのまま引っ込むのかと思ったら、鞨鼓をはずして本舞台に戻り、次は
「三段之舞」になります。詞章を覚えられなかったのですが、おそらく『二人袴』と同じ
ようなおめでたい詞章なのでしょう。最後は『末広かり』と同じく片足跳びで舞った後
「イヤ〜ァッ！」の掛け声とともにぴたりと型を決めて留めました。
後半は、おめでたい舞を三つも盛りこんでみました！という感じ。萬斎師自身の復曲
とのことですが、おそらく、ご自分が舞うことを前提としての復曲なのだろうと思いまし
た。この舞づくしは、萬斎師でなければ見せられないでしょう。躍動的で、華がありな
がらも滑稽な妙味があり、何より顔がオメデタイ（笑）いや、悪い意味でなく。前半で
遠回しに年取り物をねだる太郎は、庶民らしいバイタリティーを感じさせますが、下品
な嫌みがありません。水車などで体のキレを見せ、壮年らしい生活感も滲ませる、今
の萬斎師ならではの魅力ある曲だと思いました。
◆るーなさんレポ
二日目、中正面席２列目辺りになる席から観てきました。
トーク内容は二日目もほぼ同じでしたね。
いや、量販店は出てこなかったぞ。
鞍馬天狗もあっさり「毎週木曜日夜８時◎ＨＫ総合〜１チャンネルで〜」と言ってから
「ここらは１じゃないのかな？」と自分にダメ出し。はい、ここら辺は２チャンネルです
(笑)。
「宝の槌」
竹山君がかなり生真面目さんぶり発揮ですね。
台詞を聞きながら、電話でマニュアルを一生懸命読んでるセールスレディを思い出し
ました。いつもなら途中で「ごめんねーいらへんわー」と切るのに、可哀想になって最
後まで聞いたら断るのに苦労した・・・(汗)。
真面目なすっぱ役に人柄が出てました！
「水汲」
トークの中で「どこかで『ねずみ』が」出てきます」というのは、これかな？
いちゃに水の入っていた桶をかけられて、新発意が自分のことを「ねれねずみ」と言
ったのでした。
万作さんが本当に可愛いおじいちゃんで、つれなくされても大好き！が全開でした。
「松囃子」
瑞穂さんから「これ面白いよ〜」とお勧めメルを頂いてまして期待していましたが、期
待通り〜いえいえ、お楽しみ萬斎な福袋でしたね。
お得意の水車ですが、幕に入りそうになった最後の１回は、その場で移動せずの回
転でした。体操の選手並み運動能力です。恐るべし鞍馬天狗！
それぞれ三様にめでたい新春狂言、楽しかったです。