万作萬斎新春狂言２００９
１月２２日(木)１９時～ サンケイホールブリーゼ
毎年恒例の新春狂言は今年から昨年オープンしたサンケイホールブリ－ゼに会場を移しま
した。１・２階席と１～３階バルコニー席とで約９００席。床も壁も黒いので広くないように感じ
ました。
◆謡初『雪山』
◆レクチャートーク
野村萬斎
◆『筑紫奥』
奏者 野村万作
筑紫の奥の百姓 深田博治
丹波の国の百姓 野村万之介
◆『木六駄』
太郎冠者 野村萬斎
主 高野和憲
茶屋 石田幸雄
伯父 野村万作
プログラム変更～！謡初『雪山』はいっつも独吟でしたが、「初めてのホールなので舞って
みたくなった～」とのことで急遽追加
地謡：月崎晴夫・高野和憲・石田幸雄・深田博治：岡聡史
るーなさん、22日はお疲れさまでした！
サンケイホールブリ－ゼ、黒いホールと白いロビーで目が痛かったですよね（苦笑）。
そして番組表UPもありがとうございます。便乗してぶらさがります。
まず舞台装置ですが。真っ黒のステージの中央に、据え置き式の本舞台が置かれ、短めの
橋掛かりが左右に２本、斜めではなく本舞台に対して直角に伸びています。背景も黒い幕
のみで、上の方に大きな注連飾りがかかっているのは、毎年のこの会の定番。舞台の四隅
には、いつもの新春狂言ならミニチュアの門松が置かれているのですが、今回は短い黒い
柱が立っていました。橋掛かりは欄干も松も無し。代わりに舞台の脇、能楽堂なら白洲にあ
たるところに、黒い岩の作り物がごろりんと３つほど置かれていました。これはどっかで見た
ことあるなぁ…と思ったら、２年前の同じこの会で萬斎師が『釣狐』を演じた時と同じものでし
た。本舞台の白木と黒の２色のみで、非常にシンプル。でありながら空間の広がりを感じさ
せる舞台設営です。
■舞初『雪山』
これも毎年この会の恒例、謡初…のはずなのですが。いや、当日のパンフレットにも「謡
初」と書いてあるんですが。後のトークで萬斎師ご本人が「新しいホール見たら、舞いたくな
っちゃいました（笑）」とのことで、急きょ変更だそうで。『雪山』の小舞を初めて見せていただ
きました。それほど長い舞ではないですが、角へ行って遠く雪山を望む所作や、扇で袖につ
いた雪を払う所作などがあり、軽やかな感じの舞でした。
■レクチャートーク
まずは恒例の『雪山』の説明で、「謡い初めとなってますが、今年初めてここで謡うわけで
はなく（笑）お正月に、わが家の一門が揃って謡う曲です」と。この『雪山』の一節を、後の
『木六駄』で太郎冠者が酔って浮かれて謡います。ただし節が少し変わって、「雪を運びて
～」という部分が『木六駄』では甲グリという高めの節になると。「通のかたならおわかりにな
ると思います。ただ、ここばっかり気にされて見られても困るんで（笑）お楽しみということで」
『筑紫奥』は「なんでこんなタイトルかというと、最初に出てくるお百姓が筑紫の奥のお百
姓って名乗る、ただそれだけなんです（笑）。狂言はなんかこういう、単純なタイトルが多い
ですね」。
ふたりの百姓は年貢を納めに京に上るので、「掛け素袍」という、ハデな装束で出てきま
す。これはめでたさを表していますが、なぜ年貢を納めるのがめでたいかというと、天災も何
もなく豊作で、無事に年貢を納められるのが喜びだから、ということ。狂言はこういう「年貢も
の」の曲が多いのですが、今の感覚では少々わかりづらい。この『筑紫奥』もお正月以外は
あまり演じられない、と。
装束といえば…と、ここで少々脱線。狂言の代表的な登場人物である太郎冠者は、肩衣
（かたぎぬ）、縞熨斗目（しまのしめ、肩衣の下に着ている格子柄の着物）、袴と身につけて
いる３つの衣服が全部色が違う。「３色のトリコロールですね（笑）」人間、３色も身につけて
いると非日常な精神状態になるらしい。「ヨーロッパのアルルカンとか、道化役もだいたい３
色を着ています」と。
筑紫の奥のお百姓はお米に替えて唐物（からもの）、つまり大陸からの舶来品を年貢とし
て納めます。金襴緞子、唐絵、香箱、沈香、紫檀etc.。これに対し、丹波の奥のお百姓は山
のものを納める。これがなかなか、耳で聞いただけでは意味がわからない。「まず、ゆうこ…
女性の名前じゃないですよ（笑）。柚に子でユズのことですね。ミュージシャンじゃないです」
ここで微妙な間。「…すべりましたか」とぼそっと一言。会場爆笑、というか失笑（おい）。「次
にこうじは柑子でミカンのことです。後は橘、ありのみ…梨のことですね。あと、けんのみ、い
ちい、かしい、ひばのみ…と続くんですが、これは僕もわかりません（爆）」 とにかく木の実
か。
お百姓の相手をするのは奏者（そうじゃ）ですが、これは百姓など下々の言葉を、領主など
上つ方に伝奏するお役目のこと。奏者は舞台角のワキ座で、百姓の方を向いて座っていま
すが、百姓の口上を聞くと、舞台正面に向き直って平伏し、奏上します。「お客さんに向かっ
て言ってるんじゃないですから（笑）。これは正面にお上がいるつもり、“遠く白洲の向こうに
いる”お上に向かって申し上げているわけです。ここで狂言ならではの想像力が発揮される
わけです」
この曲は留め（終わり方）も独特。「とにかく笑って終わろうということで、ドラマというよりも
めでたさを楽しんでいただければと思います」
続いて『木六駄』。「さっきのお百姓も丹波の人でしたが、この曲も、主は奥丹波に住まい
いたすもの、となっています。狂言は京都で作られたものですから、京からすると、奥丹波と
いうのは山深い田舎、という代名詞だったんでしょうね」。そのため主人公の太郎冠者も、あ
まり裕福な暮らしはしていないらしいことがうかがえる。綿入れの着物や新しい足袋をあつ
らえてやるからと言われ、喜んでお使いにいくわけですから。
『木六駄』の駄は、荷物を積んだ牛馬一頭の単位。「木六駄、炭六駄ですから、木つまり薪
を積んだ牛と炭を積んだ牛が６頭ずつ、計12頭を太郎冠者が一人で追っていくわけです」。
酒を飲んで浮かれた太郎冠者が謡い舞う「鶉舞（うずらまい）」は、中世の芸能の一つです
が、いわゆる戯れ歌で、きれいにすらすら謡うというよりも、節に乗せてひょうきんに語ると
いった方が近い。ここが一つの見せ場になります。
■『筑紫奥』
まず筑紫の奥のお百姓が登場。これから京まで年貢を納めに行くので、道連れを探そうと
します。深田お百姓の装束は、ピンク色の掛素襖に浅黄色の袴という若々しい色。続いて
登場する丹波の奥のお百姓。こちらは青緑の掛素襖に茶色の袴という渋い色合いです。筑
紫の奥のお百姓に声をかけられ、同道することにします。そちらは何を納めるのかと聞くと
「唐物を百貫」と言われてげっ！とのけぞり、「こちらは柑類を二百貫じゃ」と答えるところは、
どうも見栄っ張りのようで、万之介師のアクの強いキャラに合っているか。
さて京についた２人、奏者の前に順番に一人ずつ出て口上を述べ、蔵に年貢を納めます。
この時は先の解説にもありましたように、奏者とお百姓の２人ともが蔵に見立てた正面に向
いて所作をします。無い蔵を「在る」ことにすることで、空間が本舞台を超えて、ぐっと広がり
ます。
２人のお百姓の態度が神妙だと、領主（居ませんが）からお誉めの言葉を賜った奏者は、
２人ともそろって直接お上に年貢の品を申し上げるようにと命じます。ここは謡いがかりにな
り、筑紫のお百姓は「金襴緞子、唐絵、香箱、沈香、紫檀、きりん、樟脳…」、丹波のお百姓
は「柚子、柑子、橘、ありのみ、けんのみ、いちい、かしい、ひばのみ、ところ…」と、朗々と奏
上します。たしかにここは、漢字が浮かばないとわかりづらいかも。
奏者から、２人の態度がお上のお気に召したそうで、年貢以外の税や雑役を免除されると
のお言葉が。喜んだ２人、思わず大声で笑ってしまいます。すると、その笑いがまたお気に
召し「もう一度笑え。今度はそれぞれ所有の田一反につき一声ずつ笑え」との難題（？）が。
おかしくもないのに笑えと言われても…と２人は辞退しますが、お上の命令とあればそうも
いかず、先に筑紫のお百姓が「はーっ、はっはっはっ。はーっ、はっはっはっ…」と二声。つ
まり田を二反持ってるってことですね。続いて丹波のお百姓、うーんと考え込み…。奏者に
「何をしている、早う笑え」と促され「何かおもしろいことを思い出しておりますっ！」 そりゃま
ぁ、何もなくては笑えませんよねぇ。
さて覚悟を決めた丹波のお百姓「はーっ、はっはっはっ。はーっ、はっ…」と二声めが尻切
れトンボ。「何じゃそりゃ」と奏者に聞かれ「田は一反半持ってますので、一声と半分でござ
います」とんちかよ！
お誉めの言葉をいただき、蔵を後にした２人ですが、どうも自分たちだけが笑わされたの
が不満。「お奏者にも笑っていただこうではないか」と蔵に引き返します。２人に「笑ってくだ
さい」と迫られた奏者、「今朝から冷たい床板を温めていたので笑えん」と断ります。この時
代の武士ですから、どうも真面目というか、あまり笑うというのに慣れていないようなんです
よね。
「いやいや、笑うてくだされ」と、お百姓はそろって奏者に迫り、脇をくすぐってしまいます。
両手を「こちょこちょ」の指に曲げて、にやにやしながら迫っていく万之介お百姓が何ともお
かしいというか小憎らしいというか。「やめろやめろ！」と慌てる奏者、くすぐられて根負けし
て「では３人揃って笑おう」ということになり、３人が並んで立ち、「はーっ、はっはっはっ…」
と高らかに笑って留めとなります。
奏者は下っぱ役人とは言え一応武士ですから、お百姓とは位が違う。その微妙な格の違
いが、万作師の奏者の佇まいから感じられました。百姓に対するやや横柄な口ぶりと、正面
に向かっていないはずの「お上」に平伏し「はい、はい…」とお言葉を聞き取る様子に、くっき
りと違いが感じられます。そのおかげで「お上」の存在が感じられるのはさすが。いかにも泥
くさくこすっからそうな万之介お百姓との対比もみごと。老練な２人に並んで、深田さんがい
つも以上に真面目な青年に見えました。
とにかく最後に３人そろって破顔一笑、それだけでもう、ほっとなごむような曲でした。
■『木六駄』
ご覧になった方も多いでしょう、おなじみのこの曲。今回の萬斎師の演じ方は、能楽堂版
とは違い、現代劇の劇場機構を活用したものでした。
太郎冠者が箕笠を着けるためにいったん引っ込み、変わって茶屋の主人が登場し、次第
を述べると後座に下がって、後ろ向きに座ります。すると、背景の黒い幕がするするっと半
分くらい上がり、その下からブルーのスクリーンが現れます。さらに本舞台と直角に交わる
橋掛かりのまたその奥に、ステージの端から端まで横切る細い通路がせり上がってきま
す。高さは50センチくらい。「狂言劇場」で使われる“第四の橋掛かり”みたいな感じか。
そんな感じに舞台が変わったところで、揚げ幕の方から萬斎太郎冠者が牛を追う「ちょう、
ちょうちょうちょう…」の声が。さてどこから出てくるのか、と思ったら、雪のびっしり積もった
箕笠をつけた太郎冠者、さっき現れた舞台奥の通路を、牛を追いながら歩き出します。ブル
ーのスクリーンの前で、牛を追う姿がややシルエットぎみになり、舞台にぐっと遠近感が増し
ます。
「ちょう、ちょうちょうちょう…」と牛を追って歩く所作はこの舞台奥で、わらじを踏み切ってし
まった牛を叱りながら履かせ直す所作など、クローズアップ的な所作は本舞台で、と舞台を
使い分けていました。「おお待て待て！そっちは崖じゃ、落ちる落ちる！」と、牛を追っかけ
て、ステージの端から端まで通路をダダーッと駆け抜けていくスピードの速さは、さすが若い
だけある（笑）。
背景が黒とブルーで横に分断されているため、ステージに横の広がりが生まれます。さら
に黒・ブルー・白木というシンプルな色づかいと、劇場ならではの天井高が、空間の広がりと
静けさを感じさせ、そこにただ萬斎師の声のみが響く、この数分間のシーンは、雪原ならで
はの、しん、と音もない寒さが伝わってくるようでした。黒い角柱や、床に置かれた黒い岩も
このためのものなんだなぁと納得。
万作師の太郎冠者は民俗的、牧歌的な味わいですが、この萬斎太郎冠者は現代的なパ
ントマイムのよう。牛の大きさも、万作太郎冠者が追う牛より、心なしか大きいような…？
年齢の違いもあるし、キャラクターの違いもあるでしょう。やはり親子でも芸風が違うんだな
ぁ、と思いました。
茶屋での酒宴のシーンは、ゴールデンコンビ・石田師を相手に、もうホントに楽しそう。石
田茶屋も、久々に来た客の太郎冠者を迎えてうれしい、という感じがうかがえます。もうこう
いう酔っぱらいをやる時の萬斎師の可愛さといったら…ほんとに四十路か？ グダグダにな
って千鳥足が危なっかしく…誰か支えてやれー。
劇場の広さと「現代の道化」的な萬斎師のキャラクターを生かした、劇場バージョンとも言
える『木六駄』でした。２年前のこの会での『釣狐』といい、重い扱いの曲を現代劇場でどう
演じるか、萬斎師の模索がうかがえるようです。
曲の内容とは直接関係ない蛇足。
『木六駄』の「鶉舞」の冒頭、「鶉舞を見まいな、鶉舞を見まいな～」という詞章。これは「鶉
舞を見てごらん」という意味で「…まい」は勧誘、指示の意味合いとして使われます。
この「…まい」は、我が讃岐の方言では今でも「見まい」「食べまい」「来まい」といったふう
に使われ、讃岐弁の中でも代表的なものの一つです。
現行の狂言は、だいたい室町末期から江戸初期に作られ、セリフには、その当時の京こと
ばが残っているとされています。つまり400年くらい前の京都では勧誘、指示の意味として
「…まい」が使われ、その後廃れてしまいますが、京都から何十年かを経て伝播してきた讃
岐では、その用法がそのまま定着し現在まで残っている、ということになるのです。
数年前に初めてこの「鶉舞」を聞いた時は、私にとってはかなり衝撃でした。京都を中心と
する方言の伝播を実感できたような気がしたのです。室町時代の讃岐は、室町幕府の筆頭
管領・細川家（細川勝元さんのお家です）の領地でしたから、その頃に京から伝わった言葉
が残っているのかもしれません。
民俗学者の柳田国男が提唱した「蝸牛論」は、京都を中心にした同心円で方言は伝播し
ていく、というものです。つまり京都から同じ距離の同心円上に同時代の言葉が残ってい
る、ということですが、もし讃岐の他にも、今でも勧誘、指示の意味として「…まい」を使って
いる地方があれば、この「蝸牛論」に添ってるんですけどね。
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瑞穂さん、いつも有難うございます。
ちょこっとだけ感想を・・・
※謡初『雪山』
何年か前に連吟があったのですが、その時は「合わし難い・・・やりにくい・・・一人のほうが
いい」と言われていましたので、萬斎さんを先頭にゾロゾロ出てこられた時には「あれぇ？？
？」と思いました。「新しいホール見たら、舞いたくなっちゃいましたぁ」と可愛く言ってました
が、来てたお客さんは「ラッキィ～」だったでしょう。
※トーク
柚子～ユズ～ミュージシャン・・で見事すべりました。もしかして自信作だったのかもしれませ
ん。他の公演で再チャレンジされたらご報告お願いします(笑)。
※『筑紫奥』
「ありのみ→梨」と聞いてて、梨って２０世紀からじゃないの？あぁ・・あれは商品名か・・と一
人突っ込みして見てました(笑)。笑いがひとつ半ってのが良かったですね。思い出しても笑
っちゃう～。
※『木六駄』
瑞穂さんのレポにもあるように、世田谷SePTのような演出。真っ黒なホールの中に居ると、
狂言劇場で感じた「真っ黒な雪が降ってくる」感覚がよみがえります。この日の牛たちはわ
がままで太郎冠者の言うことなんかてんで聞いてない、太郎が右往左往させられてるのが
よく判りました(笑)。
聞いた話し情報～再演「国盗人」
今回も兵庫県立芸術劇場で上演予定だそうです。
さて、どっちで見ようかな？