『万作萬斎・内子座狂言会』

雨を心配しながら出かけましたが、現地は蒸し暑いほどに晴れてました。
　内子座は商店街の街並みから、さらに路地を入った細道の奥にあるという、ホント
に「街の中の芝居小屋」といった雰囲気です。お向かいには美容院がある（笑）。内
部は想像以上に狭くて、6人掛けの枡席は文字通り「膝つき合わす」といった感じ。
定員630人ですから、能楽堂とそう変わらないキャパなのですが、舞台がとても近く
感じられました。寄せ木細工の天井にはシャンデリア（！）と、銭湯にあるような大き
な扇風機が回ってました。

　雑誌などの写真では、舞台背景に松の絵がありましたが、今回は絵を黒幕で隠し
て金屏風が置かれていました。歌舞伎用の背景画だからちょっと派手と思われたの
かな？とも想像しましたが。白木の舞台と、2ｍほどの短い橋掛かりが設けられてい
ました。短くても、ちゃんと3本の松がありました（当たり前か？）
まずは番組表から。

■解説　野村萬斎
■「鬼瓦」　　主・野村万之介
　　　　　　　太郎冠者・月崎晴夫
　　　　　　　（後見・深田博治）
■「寝音曲」　太郎冠者・野村萬斎
　　　　　　　主・石田幸雄
　　　　　　　（後見・竹山悠樹）
■「鈍太郎」　鈍太郎・野村万作
　　　　　　　下京の妻・深田博治
　　　　　　　上京の女・竹山悠樹
　　　　　　　（後見・月崎晴夫）

　さて解説。萬斎さん、浅葱色の着物（紋付きかどうかは見えず）と袴で登場。「今日
は枡席ですが、昔は1列4人掛け（一枡8人掛け）だったらしいですね」客席「えー!?」
「最近は皆さん体格がよくなりましたから…」とまず軽く笑いをとっておいて、曲目の
解説に。

　『鬼瓦』については「小品（こじな）ですが、味わいのある作品です」と。今年の3月
に内子座へ下見に来た時に、屋根に上がっている鬼瓦を見て、この曲をやろうと発
想したとのこと。前日にやった「柑子」も、みかんどころ愛媛ということで選んだそうで
す。「因幡堂の描写が細々と出てきますから、想像を働かせて下さい」とのことでした。
あと装束について「主でやることもあるのですが、今回は大名でやらせていただきま
す」とのこと。

　『寝音曲』は、特に愛媛と縁はないですが、同じ四国に縁のある謡が出てくるという
ことで、曲の中で謡われる「玉之段」について少し詳しく解説されました。「お能の『海
士』に出てくる謡で、志度寺が舞台です。香川県だったと思います」。若旦那の口から
「香川県」という言葉が出てきたのに感激しつつも「香川県だったと思う、じゃなくて香
川県です、と言い切って下さいー！」と心の中でツッコむ地元民の私。『海士』のストー
リーを紹介して「竜に奪われた宝玉を取り戻すために、都からやってきた藤原大臣が、
志度の浦の海女と契るのですが…契るってわかりますよね？（ちょっと間）そういうこ
とです」と軽く笑い。ちなみに「玉之段」の前に謡われる小謡は「大原木」という曲で「情
緒のある謡なので好きです」とのことでした。

　最後に『鈍太郎』のストーリーを説明。「京の男が西国に行って帰ってきます。名乗っ
てからこう舞台を回って（と道行を実演）…ここで立ち止まったらもう京です」で、会場
笑い。「必ず一周だけで、二周も三周もはしません。京に帰ってきた、と言われたらそ
う思って下さい」と。「鈍太郎が奥さんに家に入れてもらえなくて、仕方なくもう一つの
方に行きます。もう一つの方…はわかりますよね？　難しい言い方をしましたが（笑）
奥さんじゃないけど行ける所があるということです」でにやり。ざっとストーリーを説明
したところで「最後に内子座ならではの演出がありますので、お楽しみにしてください」
と。ここからオマケ（？）で「鈍太郎は謡があるんですが、このノリを知っておいていた
だくともっと楽しめますから、ちょっとやってみましょうか」で“Repeat after me!”マイク
を置いて「こ～れはだ～れの手車～」をまず謡って聞かせてくれました。実はここまで
マイクを使って話されていたのですが、マイク無しの謡を聞いた瞬間、劇場の音響の
良さを実感！　生の声が、ものすごくよく響くのがわかりました。で客席「こ～れはだ～
れの手車～」を合唱、「う～ん、まだちょっと恥じらいがありますね～（笑）」でもう一回。
「はい結構です」先生、ありがとうございました～。ちなみに前日は「蝸牛」の「で～ん
で～んむっしむし～」をやったとのこと。

　ちょっとこぼれ話。解説の間中、どうも若旦那の回りを虫が飛んでいたらしく、時々手
で払う仕草をしてらっしゃいました。謡で座る時に、手で肩の辺りを軽く叩いたので、た
ぶんつぶしたのでは…。若旦那「…どうも好かれているようですが」と苦笑い。つぶされ
てもいいから虫になりたい…。

■『鬼瓦』
　京へ訴訟のため長逗留していた遠国の大名、無事に訴訟も叶ったのは、日頃参詣し
ていた因幡薬師のご利益のおかげと、太郎冠者を連れてお礼に出かけます。お参りの
後、地元でも薬師堂を建てたいと、お堂の中をじっくり観察。柱や釘穴の飾り、懸魚、屋
根など一つ一つチェックしていく万之介大名と、それにいちいちうなづく月崎太郎冠者。
なるほど、見ている方もお堂の姿を想像できます。やがて屋根の鬼瓦を見上げた大名
が泣き出し…。故郷に置いてきた妻と鬼瓦がそっくりという大名「まぶたがぐいっとめくれ
あがったところ、天狗のように鼻が高いところ、口が耳までくわっと裂けているところ」が
似てるとは、どんなご面相だか？　さらに太郎冠者「そう言われれば奥さまによく似てお
いでです」と正直すぎるのはどんなもんかと思いますが。だけど、どんなご面相でも、この
大名は本当に奥方が好きなんですねぇ。「もうすぐ領地に帰ったらお会いになれますよ」
と太郎冠者に言われ「そういやそうだな」と機嫌を直し、二人して笑って退場。いかにも
素朴な田舎者らしい万之介大名と、忠実で気の利く月崎太郎冠者。脱力癒し系コンビ
（実はひそかにお気に入り♪）の持ち味にぴったりの、ほのぼの～と平和な曲でした。

■『寝音曲』
　萬斎太郎冠者、茶色にかかしの絵柄の肩衣で登場。主人に謡を謡ってみろと言われ
た太郎冠者、これから何かあるたんびに謡わされてはたまらないので、何かと理由をつ
けて断ろうとします。まず酒が入らなくては謡えないというと、主人自ら盃をもってきて酒
をふるまいます。お決まりで大盃に３杯飲んだ萬斎太郎冠者、心なしか顔にほんのり紅
がさしたよう。酔っぱらいぶりもなんともお茶目で、「…もう一杯」と盃を差し出すのと、そ
れに石田主人が「…え？」という顔をする、そのタイミングも絶妙です。

　いいかげん飲んだ太郎冠者に、主人「さあ謡え」。ところが太郎冠者「女房の膝枕でな
いと謡えない」。主人は立ってでも謡えるだろうというので、太郎冠者は立って謡います
が、これがめちゃくちゃヘタ！　もう顔はぐっしゃぐしゃ、声はかすれて調子っぱずれ。わ
ざと下手に謡うのは大変だろうと思いますが。若旦那、ここまで顔を崩していただけると
は…。で、主人は「わしの膝枕でうたえ」というので、太郎冠者はいやいやながら膝枕で
「大原木」を謡います。横になったままなのに、朗々と響く声はさすが！　しばしうっとり
聞き入ってしまいました。と、主人がひそかに太郎冠者の頭を起こしていくと、それに合
わせてだんだん謡が下手に…。頭を下げると、また上手な謡に戻る。その繰り返しで会
場は爆笑。若旦那、顔くしゃくしゃの大熱演。あげくに上手と下手のタイミングが逆になり
体を起こしたのに上手に謡ってしまいます。この時の石田主人の「…むむっ？」という顔
がまたおかしい。調子にノッてしまった太郎冠者、ついに立ち上がり「玉之段」を舞い始
めます。会場の反応が非常によく、また反響のよい舞台なので笑い声が響くからでしょ
うか、若旦那もノリノリ（死語？）のようなのが感じられました。

　この「玉之段」、ご当地ものなので仕舞でもよく見るのですが、舞の型はほぼ同じなの
に、仕舞と狂言小舞ではまったくの別物です。酔って舞うという設定ゆえでしょうが、狂
言の方がスピーディな印象。去年、大槻で万作師のも見たのですが、萬斎さんの舞はさ
らにエネルギッシュで勇壮な感じ。しかも表情は、とぼけた太郎冠者のまんまなのです。
以前だと、謡や小舞に入る時に、それまでのセリフの流れからやや途切れるような、「さ
あ舞ですよ」と多少構えるような感じがあったのですが、今回は「きれい」というよりも「お
もしろい」舞と言ってよい感じ。セリフから謡への移行もナチュラルでした。全体として
「太郎冠者がやっている」というキャラクターが統一されていたように思います。
しかしこんな舞を見せられると…これから仕舞の「玉之段」見たら退屈に思えそうだなぁ。

■「鈍太郎」
　任地の西国（九州）から帰ってきた鈍太郎、三年間ほったらかしにしていた下京の妻
の元に帰ろうと急ぎます。道行きで「や、何かといううちに京に着いた」と言ったとたん、
先ほどの若旦那の解説もあって会場から笑いが…。しかし妻には「本当の鈍太郎殿じ
ゃないだろう」と追い払われ、しようがないので上京の女のところに行っても、同じよう
に拒まれてがっくり。戸を蹴破ってでも入るぞ！と強がってみてもその甲斐もなく、世を
はかなんで出家しようと中入りします。万作師の鈍太郎は、なんだかホントに情けな～
い初老の男の悲哀がにじんでいます。竹山さんの女は、お行儀のよい娘さんという感
じ。深田さんの妻はハマリ役ですね～。

　さて次の日。妻と上京の女が「昨日のは本当に鈍太郎殿だったのか？」と言い合って
いるところに、僧形の鈍太郎が登場。２人の女に戻ってくれとせがまれて機嫌を直しま
す。妻に頼まれると渋々返事をするのに、若い上京の女にはデレデレなのがあからさ
ま。万作師と竹山さんの年齢差だと「もうかわいくってしょうがないんだろうな～この若
い子が」という感じです。しかし妻に向ける顔と上京の女に向ける顔があまりに違いす
ぎる…。同行していたウチの同僚、妻を見ながら「そこまで言われて何で戻ってきてくれ
言うんだ～！別れてしまえそんな男！」…すいません落ち着いて下さい。で、「二人の
手車に乗って帰りたい」と言い出す鈍太郎。鉦を叩きながら「こ～れはだ～れの手車
～」と浮かれます。女二人は「鈍太郎ど～のの手車～」。万作師の鈍太郎は、いかにも
脳天気で幸せそう。前場のしょぼくれたおっさん（失礼）とは別人のようで「男って単純
よなぁ」と思えてきます。「ござる」で萬斎さんの鈍太郎も見ましたが、やはり万作師ほ
どの年齢の方が、男のおかしさ、情けなさが出るようです。

　謡い舞いながら鈍太郎が手車に乗り、立ち上がったところで会場からは大拍手！　
そのまま手車で花道に向かい、拍手が続く中、花道を進みます。拍手はいつの間にか
手拍子に変わり、まるでアンコールのような喝采の中を退場していきました。能楽堂で
はなかなか拍手も起きないと思いますが、これも芝居小屋の雰囲気ゆえでしょうね。見
ている方も大盛り上がりで大満足！でした。

　公演が始まる時には晴れてたのに、終わって小屋の外に出てみるとしっとりと小雨が
…。やっぱり雨はお忘れにならない若旦那でした。